愛知県精神医療センターの歩み ~昭和から令和へ~

第1章精神医療の幕開け

  • 1932年(昭和7年) 現在地に「愛知県立精神病院」として設立

    昭和7年12月6日、日本で6番目の自治体立精神科病院として20床で開設され、昭和10年に100床 で完成しました。
    当時の精神科医療は極めて貧弱で患者さんの保護・救済が社会の課題でした。その後、昭和15年に200床に増築されました。
    • 本館
    • 病棟
    • 正面玄関
    • 階段
    • 航空写真
    建築当時の建物は東洋一と言われたこともあり、造形的に一つの建築美をもっていました。二階にはバルコニーが廻らされ、曲線美が上手く取り入れられていました。
    当時の県議会議事録には「…県立精神病院の建設は、これら多数の人々にこの上ない福音であると非常な期待を持たれた…」との記述があります。
  • 1947年(昭和22年) 「愛知県立城山病院」と改称

    戦中戦後の食糧難、物資不足、人手不足は想像を絶する過酷なものでした。
    昭和23年の医局日誌には「城山病院を名実ともに充実させたいが、いつの日か、前途程遠し、過去の悪戦苦闘により、一歩一歩進まねばならぬ」と強い決意が記されています。
    • 診察風景
    • 医局日誌

第2章抗精神病薬導入とレクリエーション療法の活発化

  • 1955年(昭和30年) 抗精神病薬の導入

    昭和30年代には中・南病棟が完成し、病床が大幅に増えました。
    また、抗精神病薬の導入により寛解する患者さんが増え、お花見、盆踊り、運動会、演芸会などのレクリエーション療法も活発に行われました。
    昭和40年には、当時全国的にも珍しかった「治療キャンプ」が瀬戸のキャンプ場で実施され、その後も様々な場所で行われました。
    • フォークダンス
    • 盆踊り
    • 治療キャンプ
  • 1959年(昭和34年) 一般科の開設

    近隣住民の要望に応えるため、昭和34年6月に内科、小児科、外科、産婦人科、の4科を開設しました。
    しかし、次第に一般科の医師確保が困難となり、昭和41年、一般科併設時代は幕を閉じました。
    • 保育器
    一般科の患者が外来へ大勢出入りするようになり、小児科の子供の泣き声や産科で産声も上がり、開放的な明るい病院へとイメージが変化しました。病院全体が社会への絆を強くして、活気に富んだ一時代でした。

第3章全面改築とデイケア棟竣工

  • 1972年(昭和47年) 全面改築工事着手

    昭和7年に建築された建物等の老朽化が進み、昭和47年から全面改築工事が行われました。
    昭和48年のオイルショックによる物価高の影響で当初の計画が大幅に縮小され、デイケア棟は先送り、中・南病棟は南病棟の一部増築を除き、改装にとどまりました。
    • フォークダンス
    • 盆踊り
    改築の構想段階では、瀬戸市への移転案も検討されました。しかし、候補地を視察した医局員が、敷地は広いもののあまりに遠く離れた山の中であることに驚き、移転案を再検討することとなりました。その後、外部の有識者を交えた様々な議論を経て、最終的に現地改築の結論に至りました。
  • 1982年(昭和57年) 創立50周年

    昭和57年12月6日、当院は創立50周年を迎えました。翌年2月10日には記念祝賀会が盛大に開かれ、出席者は100名を超えました。
    また、「創立五十周年記念誌」「創立五十周年記念誌補遺」が刊行されました。
    • 保育器
  • 1987年(昭和62年) デイケア棟竣工

    デイケア棟は建設が先送りされていましたが、昭和50年から既存施設を活用してデイケアの試行は始まりました。
    その需要は年々高まり、昭和62年4月に全国で9番目、東海地方では初の独立(通所)型デイケアセンターとして誕生しました。
    • デイケア棟
    • デイケア体育館

第4章新たな社会要請に応えた拡充期

  • 1989年(平成元年) 精神科応急入院指定病院の指定

    平成元年4月には「精神科応急入院指定病院」の県内初の指定を受けました。
    応急入院制度は精神科救急に対応するための制度で、昭和63年7月に施行された精神保健法に初めて規定されました。
  • 1994年(平成6年) 愛知県精神科救急医療システムへの参加

    平成6年9月から、新たに構築された「愛知県精神科救急医療システム」に参加することになりました。
    当番日は当初は月1回、平成8年4月からは月2回となりました。更に役割の強化が要請され、平成11年2月には専用のベッドを確保し、当番病院が救急患者の受け入れができないときに年間を通じて後方支援の役割を担うこととなりました。
  • 2002年(平成14年) 精神科急性期病棟、第2デイケアの整備

    21世紀の初頭、急性期治療の充実と長期入院患者さんの地域移行支援は大きな課題でした。
    平成14年には1病棟を「精神科急性期治療病棟」に改修、更に1病棟を廃止して「第2デイケア」に改修しました。
    • 急性期治療病棟
    地域移行を支える訪問看護は、平成12年度237件→平成15年度1,471件と大幅に増加、平均在院日数は、平成12年度435日→平成15年度242日と大幅に減少しました。
  • 2008年(平成20年) m-ECT(修正型電気けいれん療法)の導入

    平成20年より、全身麻酔下でのm-ECTを導入しました。m-ECTは薬物療法、社会心理療法と並ぶ精神科治療のひとつで、重症のうつ病や統合失調症などに有効であるとされています。
    • ECT
  • 2013年(平成25年) ACTチーム活動開始

    平成25年にACT準備チームが活動を始め、平成27年に「ACTあいち」として本格的に活動を開始しました。
    ACTは「包括的地域生活支援プログラム」の略称で、患者さんが住み慣れた地域で安心して、その人らしく生活できるよう、医師、看護師、作業療法士、精神保健福祉士の多職種のチームで、アウトリーチによる訪問支援を提供しています。
    • ECT
  • 2014年(平成26年) DPAT発足

    平成26年にDPAT(災害派遣精神科医療チーム)が発足し、その後、熊本地震や新型コロナウイルス対応、能登半島地震で派遣されました。
    DPAT発足以前も、阪神淡路大震災、新潟中越地震、東日本大震災に医療チームを派遣しており、災害時の精神科医療に貢献を続けています。
    • ECT
    被災地での精神科医療の提供、精神保健活動への専門的支援、被災した医療機関への専門的支援、支援者(地域の医療従事者、救急隊員、自治体職員等)への専門的支援等を行う専門チームです。

第5章再度の全面改築を経て創立100年の未来へ

  • 2016年(平成28年) 「愛知県精神医療センター」と改称、全面改築前期工事完了

    昭和30年代に建築された中・南病棟等の老朽化が進み、平成26年から全面改築前期工事が始まりました。
    平成28年2月には、外来棟、西病棟、南病棟が竣工し、名称も「愛知県精神医療センター」と改め、新たな出発を切りました。
  • 2018年(平成30年) 全面改築工事完了

    平成30年に、後期工事の東病棟、北棟が完成し、全面改築工事が完了しました。
    新病院は県内の精神科医療の中核的病院としての役割を果たすために保護室や個室を大幅に増設し、また「地域に開かれた精神科病院」という理念のもと、地域の方が気軽に利用できる芝生広場や交流プラザなどが整備されました。
    • 全面改築 空撮
    • 全面改築
    • 交流プラザ
    • 外来
    新病院の主な機能
    • 救急、急性期
    • 医療観察法
    • 児童青年期
    • 一般、専門外来
    • 成人発達障害
    • デイケア
    • 作業療法
    • ACT
    • 訪問看護
  • 2020年(令和2年) 愛知県災害拠点精神科病院の指定

    災害時に精神科医療を提供するうえで中心的な役割を担う「災害拠点精神科病院」に令和2年3月に指定されました。
    災害拠点精神科病院は、災害時においても、医療保護入院、措置入院等の精神科医療を行うための診療機能やDPAT派遣機能を有するほか、患者の一時的避難に対応できる場所や重症な精神疾患を有する患者 に対応可能な保護室等を有し、災害時における精神科医療を提供する上での中心的な役割を担う病院です。

    新型コロナウイルス感染症患者の受け入れ

    新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延を受け、令和2年3月から発熱患者の対応を開始し、その後、東2病棟を新型コロナウイルス患者の専用病棟に変更し、精神障害者新型コロナウイルス陽性患者の受け入れ医療機関となりました。
  • 2023年(令和5年) 精神科救急医療体制の変更

    令和5年6月に、愛知県の精神科救急医療体制が変更されました。従来は、専用ベッドを確保して後方支援の役割を担っていましたが、今回から当番病院と後方支援基幹病院の役割を担うこととなりました。
  • 2032年(令和14年) 創立100年の未来へ

ショートムービー   
~創立100年の未来へ~